【2026年5月6日】
東海道五十三呑み次の16日目です。
昨夜は岡崎のホテルに泊まりました。今日はまず藤川宿まで名鉄で戻ります。

モーニング
おはようございます。
愛知県と言えば喫茶店のモーニングが有名ですね。
藤川宿の「喫茶・軽食 いこい」さんに入りました。
コンビニも飲み屋もないけど、喫茶店はあるのにびっくり。

メニューを見るとモーニングサービスありました!
Aセット(小倉)とコーヒーをお願いしました。

それがこちら。美味しくいただきました。

店内は、朝の8時台というのにほぼ満席。
地元の方と思いますが、入店すると先に新聞・雑誌を手に取ってから席について注文し、のんびりくつろいでいます。若い夫婦と小さいお子さんのファミリーもいました。私は喫茶店に行く習慣がないので、こういう世界を始めて見ました。
藤川宿
昨日着いた時(17時過ぎ)には閉まっていた藤川宿資料館を見学します。
脇本陣跡に建てられています。

中には江戸時代の資料や、藤川宿のミニチュア模型がありました。

江戸方から見たところ。模型にはありませんが、曲手(クランク)の手前が浮世絵に描かれていた東棒鼻の場所です。

資料館を出て西に向かって歩き始めます。宿場内は上の模型と同じまっすぐな道です。

おっと忘れちゃいけない。藤川宿を出る前に昨日できなかった「さあ、お酒を探そう。」
昨晩ホテルでGoogle Mapで調べたけれど、酒屋もコンビニもありませんでした。
唯一お酒が買えそうなのは「道の駅 藤川宿」(東海道からは名鉄の線路を超えた反対側)。ワンチャンあるかと行ってみたところ、岡崎の地酒「三河武士」を発見。
朝なのでちょっとだけ飲んで、残りは夜の晩酌でいただきました。

藤川宿の西棒鼻と過ぎるとすぐに、藤川の松並木があります。
松並木があると東海道を歩いているなぁと感じられますし、今日はくもりなので日差しは弱いですが、晴れの日は木陰を作ってくれるのでとてもありがたい。


藤川宿から1時間(=藤川の一里塚跡から一里)ほど歩くと、東海道の左手に大平一里塚がありました。日本橋から八十里です。

一里塚は一里(約4km)ごとに道の両側に設置されたものです。
ここは道の片側だけですが、江戸時代の塚が残っているレア物件です。
一里塚好きとしてはテンションが上がります。

岡崎宿
岡崎宿の入口が見えてきました。ここからは城下町らしい曲り道が続きます。

岡崎宿内の東海道の道筋は曲がりくねっていて、岡崎二十七曲りと呼ばれています。
七曲がりはよくあるけど、二十七曲りはちょっと多すぎじゃね。
岡崎は城下町なので防衛上の理由からそうされたのですが、旅人の滞留時間も伸びたことから商売もにぎわったそうです。
私も岡崎を抜けるのに1時間以上かかりました。

曲がり角にはいろはにほへとの案内柱が建てられています。ないところもありましたが。

城下の道はこんな感じ。
今の岡崎の中心街は川沿いの低地(名鉄沿い)なのに対し、東海道は少し高台を通っています。商業地ではなく落ち着いた雰囲気です。
どこもだいたいそうですが、昔は水はけのよい高台や尾根道が一等地だったのに対し、現在は川沿いの低地が一等地になっていますね。水害などの災害に強いのは昔の一等地だと思いますが、利便性は低地の平地の方が良いですから。

岡崎は都会なので、案内柱はありますが建物は全く残っていませんでした。

岡崎には岡崎城があります。岡崎城は徳川家康公生誕の地です。
江戸時代の旅人にはできなかった、岡崎城見学をしましょう。

家康公にご挨拶します。この旅で何回目だろう。

岡崎城は鉄筋コンクリート造りの復元天守です。
外観は昔のままとのことですが、内部は展示室となっています。

天守からは城下町が一望できます。

二十七曲りに時間を取られ、岡崎城見学にも時間を使ったので、お昼をだいぶ過ぎてしまいました。
歩くのは一休みにして「さあ、お酒を探そう。」
岡崎名物と言えば八丁味噌です。
岡崎城から八丁(約870メートル)西に離れた八丁町で作られていることに由来している名前で、次の2件が有名です。
まるや:1337年創業

カクキュー:1645年創業

カクキューさんの方は観光客向けにも力を入れているようで、食事ができる八丁村というところがあります。ここでお昼にしようと行ってみましたが、多くの人が並んでいてあきらめざるを得ませんでした。

お腹が減って力が出ないのでGoogle Map先生に助けを求め、「お食事処 喜せん」を教えてもらいました。
昭和の雰囲気の建物です。

まずはビールをいただき、一息つきます。

お昼ご飯は、岡崎名物の味噌カツです。
小鉢と甘味もついていて大満足。

お酒のノルマをクリアし、カロリーも補給できたので、後半戦です。
矢作川を渡って岡崎宿を後にしますが、浮世絵は矢作川にかけられた矢作橋が描かれています。この橋は全長370mで街道一の長さだったとのこと。
ここまで大きな川には橋が架けられておらず川越が大変でしたが、江戸から離れると防衛上の必要性が薄れるのですかね。
浮世絵「岡崎 矢矧之橋」

現在の矢作橋

矢作橋の西詰には、豊臣秀吉(当時は日吉丸)と蜂須賀小六の出合いの像がありました。史実ではないそうですが創作として面白いですね。

池鯉鮒宿を目指して歩みを進めること2時間(約二里)、東海道の両側に残っている来迎寺一里塚がありました。両側に塚が残っているのはとても珍しい。
今日は一里塚の当たり日です。


池鯉鮒宿
来迎寺一里塚を過ぎると、池鯉鮒の松並木が現れます。

池鯉鮒宿の少し手前ですが、浮世絵にはこの付近で開かれた馬市が描かれています。
浮世絵「池鯉鮒 首夏馬市」

馬入りが開かれた季節は首夏(4月~5月)でちょうど今頃ですが、当然ですが馬市は開かれていませんでした。談合松が1本だけ描かれている浮世絵と、現在の松並木(下の写真)とは違いますね。


松並木を抜けると池鯉鮒宿の入口です。
今日の宿は、宿場入口近くのルートイン知立を予約しました。
池鯉鮒は宿場中心が名鉄知立駅で多くのホテルがあったのですが、一日歩いて疲れた体を癒すために大浴場のあるホテルが良いと思って選びました。
ルートインは幹線道路沿いで市街地から離れたところにあることが多く、車旅行の人をターゲットにしている印象があります。ここはたまたま、旧東海道と国道1号線がクロスしている場所で、歩き旅ですが泊まれる場所にあったのです。

大浴場で疲れた筋肉をほぐし、汗を流してさっぱりしたので「さあ、お酒を探そう」。
ホテルでGoogle Mapで下調べをして知立駅近くの「夢酒場 魚昇本店」に行きました。

GW最終日で明日から仕事の人が多いためか、店内はすいていました。

メニューを見ると知多のハイボールがあるではないですか。
そう言えばサントリー知多蒸溜所は愛知県にあるので地元の酒です。疲労回復も考えて知多グレープフルーツハイボールを注文しました。
お刺身も頼んだので、岡崎の地酒の孝の司も注文しました。

地元でいただくウイスキーと日本酒です。地元のお料理と合わせて大変おいしゅうございました。

今日は朝から歩き、松並木や一里塚、岡崎城と、東海道の見どころが多くありました。グルメもモーニング、味噌カツ、知多に地酒と3食とも充実していました。
明日は池鯉鮒から宮(熱田神宮)を目指します。よい旅ができますように。
- 藤川宿~岡崎宿 7.6km
- 岡崎宿~池鯉鮒宿 15.0km
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